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東京家庭裁判所 昭和51年(家)4230号 審判

国籍 韓国

住所 東京都

申述人 金永玉(仮名)

国籍 韓国

住所 東京都

申述人 金花連(仮名)

国籍 韓国

住所 茨城県

申述人 金英春(仮名)

国籍・最後の住所 韓国

被相続人 金世民(仮名)

主文

1  被相続人金世民の相続につき、申述人三名がなした限定承認の申述をいずれも受理する。

2  被相続人金世民の相続財産の管理人として申述人金永玉を選任する。

理由

一  申述人三名は、いずれも当裁判所に対し、昭和五一年六月四日主文1記載のとおりの申述をなし、かつ相続財産管理人の選任を求めた。

二  記録並びに審問の結果によると、次の各事実が明らかである。

(一)  被相続人金世民は韓国籍を有し、戸主金正仁(父)の家族であるが、一九七六年四月八日表記最後の住所地において死亡したこと。

(二)  被相続人の妻申順仙は既に一九六八年に死亡し、父金正仁は相続開始後の一九七六年四月二三日死亡し、母朴南喜は早く死亡しており、子としては長男金生光と申述人三名の四名があつたところ、金生光は一九七六年一二月八日に死亡した模様であること。

(三)  被相続人は永く日本に居住し、昭和五〇年二月に至り本国たる韓国に帰還したものであるところ、日本にも韓国にも積極財産はほとんどない模様であるが、消極財産として日本国(郵政省)に対し約金二、六〇〇万円の債務を有すること(韓国における債務はほとんどないものと推測される。)。

(四)  申述人三名はいずれも永く日本に居住し、本国とはほとんど交流がないこと。

三  そこでまず、本件につきわが国裁判所に管轄権があるかを検討すべきであるが、それに先だち、わが国裁判所に管轄権があるとしたときの準拠法について検討する。

相続については法例二五条により被相続人の本国法たる韓国民法によるべきところ、同国には戸主相続と財産相続とが存するが、本件の財産相続については、被相続人の直系卑属が第一順位の相続人となつているから、申述人三名及び長男の金生光が相続人である(韓国民法一〇〇〇条)。そして、相続人は原則として被相続人の財産に属する一切の権利義務を承継することとされるが(同法一〇〇五条)、各相続人は、相続開始のあつたことを知つた日から三か月内に単純承認、限定承認又は放棄をすることができる(同法一〇一九条)。右の限定承認は、ほぼわが国の限定承認と同一の効果を有するものであるが(同法一〇二八条)、共同相続人が数人あるときには、各相続人は、その相続分に応じ取得すべき財産の限度において、その相続分に応ずる被相続人の債務と遺贈とを弁済することを留保して、相続を承認するものであり(同法一〇二九条)、前記三月の期間内に相続財産目録を添付し、法院に限定承認の届出をしなければならない(同法一〇三〇条、なお同国家事審判法二条一項甲類ナ)が、共同相続人の全員が共同でしなければならないものではない。また、相続人が数人あるときは、相続人等の請求により、共同相続人の中から相続財産管理人を選任できるものとされる(同法一〇四〇条)。

以上が韓国法における限定承認制度の内容であるが、本件申述人らの申述は、右韓国法に基づき、一応適法になされたものと認められる(金英春の能力の点については後に触れる)。

四  そこで、ひるがえつて、かかる韓国人に関する相続の限定承認の申述をわが国裁判所として受理すべきかを検討する。

一般的には相続に関する非訟手続は、被相続人の本国が第一次的裁判管轄権を有すると解するのが合理的ではないかと思料されるが、本件については、前認定のとおり申述人三名はわが国に永く居住して現在に至つており、限定承認が真意によるものか否か等必要な審理を行うには、わが国裁判所が最も適していること、被相続人はわが国に積極財産を有しないがわが国に債務を有し、限定承認に基づく清算手続はわが国においてこれを処理するのが最も合理的であり、しかも被相続人は韓国にはほとんど財産を有しないと認められること、申述人らはわが国の裁判所に受理の申立をなし、本件についてわが国裁判所の管轄に服する意思を表示していること、限定承認の申述には前記のとおり期間の制限があり、これをしようとする相続人の居住国における申述を認めないとその機会を失わしめるおそれがあること(申述人らは、当裁判所の示唆により、念のため一九七六年六月一〇日付で限定承認申述の書面を韓国の裁判所に送付したが、その後一年以上を経過するも何らの回答にも接しない、という。)等の事情があり、かかる事情のもとにおいては、わが国の裁判所も、韓国法を適用して限定承認の申述(届出)を受理しうるものと解するのが相当である(また、限定承認の届出制度は、韓国においても、限定承認の法的効力を最終的に確定するものではなく、一種の公正制度と解されているであろうから、本件にあつてもこれを却下するよりも、一応受理するのが相当である。)。

なお、わが国における管轄は、申述人らのうち二人の住所地でかつ被相続人のわが国における最後の住所地を管轄する当庁がこれを扱うを相当とする。

五  以上のとおりであるから、申述人三名のなした本件限定承認の申述(届出)をいずれも受理することとする(なお、申述人金英春は申述時一八歳、現在一九歳で、本国法上未成年であり、本件申述をなす行為能力があるか疑問があるが、記録によれば同人には親権者がないところ昭和五二年五月九日石川晃(昭和二七年三月二三日生)と婚姻し、右の者が配偶者として後見人となると解され、同人は申述人金英春が本件申述をなすにつき同意を与えたことが明らかであるから、同申述人の本件申述も有効なものであると解される。以上につき法例三条、韓国民法四条、五条、九二八条、九三二条等参照)。

六  相続財産管理人としては、長女の金永玉が適任と考えられるので、これを選任する。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官  岩井俊)

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